わかってはいない。この時計がそのデザイナーのものであるという 100%の確証はない。 ラガーフェルド本人のものであるという、相続人からの署名入りの手紙もないのだ。しかし、この時計がかつて彼のものであったと信じるに足る、フィリップスとオーデマ ピゲからの、多くの関連要因がある。
まず、ケースとムーブメントの番号から、この時計は1973年に製造され、イタリアの小売店に送られ、すぐに売れたことがわかっている。当時、ローマで仕事をしていたのは誰だろう? ラガーフェルドなのだ。また、1970年代前半から半ばにかけて、ブラックPVDのロイヤル オークを好んで着用した人物がふたりいることがわかっている。ひとりはカール・ラガーフェルド、もうひとりは前スペイン国王のフアン・カルロス1世だ。当時はPVD時計の黎明期で、ポルシェ・デザインが最初のモデルを市場に送り出してからわずか1年後だったから、一般の時計コレクターが手に入れられるようなものではなかったのだ。過去50年のあいだに、フィリップスとオーデマ ピゲは、この時計が合計3回しか人の手に渡らなかったと確信している。
「ラガーフェルドが友人にプレゼントし、その友人がディーラーに売り、そのディーラーが誰かに売り、その人が今回の委託者に売ったと考えています」とゴッビ氏は言う。「この時計は、過去5〜6年のあいだに一度も黒く塗られたことがないことが、摩耗やキズの状態からわかります。時計の状態、販売された場所、所有者の系統、そしてAPのアーカイブから、ラガーフェルドの時計であることは間違いないと思います」。
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